「ピロリ菌がいる=胃がんになりやすい」という話を聞いたことはありませんか?
ピロリ菌とは1983年に発見された細菌で、一度感染すると胃の粘膜に住み着く特徴があります。一般的にピロリ菌は抵抗力の弱い「子どもの頃(5歳頃まで)」に感染して、そのまま持続すると考えられており、大人になってから初感染することは、ほぼありません。
世界的にみると、全人類の約半数がピロリ菌の保菌者とされており、現在の日本では特に70歳代以上の感染が多くみられます。
ピロリ菌感染による胃粘膜の炎症が長時間続くと、慢性胃炎や胃潰瘍(いかいよう)・十二指腸潰瘍(じゅうにしちょうかいよう)、さらに胃がんを引き起こす可能性が高くなることが分かっています。炎症が進行する前に胃粘膜からピロリ菌をなくす「除菌治療」を行うことで、これらの病気を防ぐことができます。
胃の不調が続いている方や健康診断・人間ドックでピロリ菌感染の指摘を受けた方、ピロリ菌除菌にご興味がある方は、お気軽に当院までご相談ください。
ピロリ菌とは?
ピロリ菌は細長い「らせん状」の形で、片側には「べん毛」が付いており、プロペラのように素早く回転させて胃粘膜の表面を動き回ります。正式には「ヘリコバクター・ピロリ菌」と呼ばれますが、「ヘリコ」とは「らせん」、「バクター」は「バクテリア(細菌)」を意味しており、「ピロリ」はピロリ菌が初めて見つかった場所、胃の出口(幽門:ゆうもん)を指す言葉「ピロルス」から名づけられています。
これまで胃には強い酸(胃酸)があるので、細菌は生息できないと考えられていました。しかし、ピロリ菌は「ウレアーゼ」という酵素を持っており、この酵素によって自分の周りの酸を中和することができるため、胃酸の強い中でも生息できます。
(図)ピロリ菌イメージ
ピロリ菌の感染経路
ピロリ菌の感染経路について、詳細は明らかになっていませんが、これまでの研究から主に口から病原体が侵入する「経口感染」であることが判明しています。
経口感染する要因には、次のようなケースがあります。
- 汚染された生水・食べ物からの感染
井戸水の利用などで感染することがあります。
- 感染している親から子どもへの感染
唾液・歯垢(しこう)からもピロリ菌が検出されます。
- 糞便からの感染
ピロリ菌は排出された便にも含まれます。水洗トイレの普及していない発展途上国ではピロリ菌感染が高く、一方先進国では低いとする調査結果があります。
ピロリ菌の感染率
現在の日本の感染率は年齢によって異なり、10代20代など若い世代では10%程度ですが、50歳以降となると約40~60%と上昇します。その理由として、日本でも1950年以前は生活用水として井戸水を使い、離乳食の際には母親が一度食べ物を咀嚼して(よく噛むこと)から子どもに与えることが行われていたからです。そのため、現在70歳以上の感染率は特に高く、7割~8割を超えるとする調査結果*1があります。
上下水道が整った現在では生水摂取による感染はほぼなく、ピロリ菌感染の割合も徐々に減少しています。
*1(参考)ヘリコバクター・ピロリ除菌の保険適用による胃がん減少効果の検証について|国立国際医療研究センター国府台病院 病院長 上村 直実
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10901000-Kenkoukyoku-Soumuka/0000167150.pdf
ピロリ菌感染による症状
ピロリ菌に感染すると、胃を守る粘液の分泌が減り、胃粘膜を傷つけるため、酸の攻撃を受けやすくなります。ただし、ピロリ菌が胃に生息していても、症状が現れるとは限りません。通常、症状が現れるのはピロリ菌感染による胃の炎症が続いて何らかの病気を発症したときで、保菌者の約30%にみられます。
ピロリ菌感染で引き起こされる病気には、次のようなものがあります。
- 慢性胃炎
ピロリ菌感染が長引いて、炎症範囲が胃全体へと広がった状態で、「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」とも呼ばれます。
- 萎縮性胃炎(いしゅくせいいえん)
慢性胃炎が続き、胃液や胃酸を分泌する組織が減って胃粘膜が薄くなった状態です。胃液が十分に分泌されないことで食べ物の消化がしにくくなり、食欲不振・胃もたれを引き起こします。
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍
潰瘍は慢性胃炎の進行過程でみられ、胃酸の攻撃で胃粘膜が深く傷ついて、くぼみができた状態のことです。胃潰瘍患者さんの7割以上、十二指腸潰瘍では約9割にピロリ菌感染があるとされています。自覚症状は「みぞおちの痛み」で、胃潰瘍では「食事中~食後」、十二指腸潰瘍は「空腹時」に感じます。
- 胃がん
胃の萎縮が続くと、一部の方で胃粘膜が腸粘膜のようになる「腸上皮化生(ちょうじょうひかせい)」を起こした後、がん化することがあります。2014年に世界保健機関(WHO)から「胃がんの原因の8割はピロリ菌感染であり、ピロリ菌除菌により発症を3~4割抑制できる」とした報告書が発表されています。
そのほかにも、胃過形成ポリープ(隆起した腫瘤)・機能性ディスペプシア(症状の原因となる病気がないのに腹部の不快症状がある状態)・胃MALTリンパ腫(悪性リンパ腫)、難治性のじんましん・特発性血小板減少性紫斑病(血小板が減って、血が出やすい・血が止まりにくくなる血液疾患)・鉄欠乏性貧血など、様々な病気の発症にピロリ菌が関わっているとされています。
ピロリ菌の検査・診断
ピロリ菌感染を調べるには様々な検査方法があり、内視鏡(胃カメラ)を使用する方法としない方法に分けられます。
※初めに胃カメラ検査を受け、「慢性胃炎」の所見がある方のみ、「保険適用」のピロリ菌検査が可能です。胃カメラ検査を受けずに、ピロリ菌検査を行う場合には「自費」となります。
内視鏡を用いる検査方法
鼻から細いファイバーを入れて、胃粘膜の炎症具合を確認します。また、同時に胃粘膜など組織の一部を採取して、ピロリ菌感染を調べます。
- 迅速ウレアーゼ試験
ピロリ菌の尿素を分解する酵素(ウレアーゼ)の働きを利用して、採取した粘膜を特殊な液に入れて調べます。
- 鏡検法
採取した胃粘膜の組織に特殊な染色を行い、ピロリ菌を顕微鏡で直接見て探します。
- 培養法
胃粘膜を採取してすりつぶし、5~7日培養して存在の有無を調べます。
当院の胃カメラ検査は約5mmの細いファイバーを使用して鼻から挿入する「経鼻内視鏡検査」なので、吐き気などの不快症状はほとんど感じずにお受けいただけます。
ご希望があれば、鎮静剤・鎮痛剤を使用して行うことも可能です。
内視鏡を用いない検査方法
- 尿素呼気試験法
専用の薬(尿素)を服用して、服用前後の吐き出した息(呼気)に含まれる二酸化炭素の量の違いを調べます。ピロリ菌に感染すると、吐き出した息に二酸化炭素が多く含まれ、感染していない場合にはほとんど含まれません。検査時間は約20分で、除菌治療後の効果測定によく使われます。
(図)尿素呼気試験法イメージ
- 抗体測定
血液検査や尿検査でピロリ菌の抗体の有無を調べます。健康診断などのオプション検査として、よく用いられる方法です。
- 糞便中抗原測定
糞便中にピロリ菌の抗体があるかどうかを調べる方法です。
ピロリ菌の治療
ピロリ菌は一度感染が成立すると、自然消滅することはほんどありません。胃粘膜からピロリ菌をなくすには、薬の服用による「除菌治療」が必要です。ピロリ菌の除菌治療により、潰瘍の治癒や胃がん発生リスクを1/3程度減らすことが期待できます。
保険適用での除菌治療の対象者
次の疾患に当てはまる方は、保険適用にてピロリ菌の除菌治療を行います。
- 内視鏡(胃カメラ)検査で、ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎と診断された方
- 胃潰瘍・十二指腸潰瘍の方
- 胃MALTリンパ腫の方
- 特発性血小板減少性紫斑病の方
- 早期胃がんに対する内視鏡的治療後の方
※上記の診断以外で除菌治療をする場合には、「自費」となります。
ピロリ菌除菌治療の方法
除菌治療は、胃酸分泌抑制薬と抗生物質(抗菌薬)を使って実施します。近年、抗生物質に耐性のあるピロリ菌に感染している方が増えており、1次除菌の成功率は約70~80%です。1次除菌で成功しなかった場合には2次除菌を実施し、2次除菌では約90%の方が成功します。
もし2次除菌が失敗した場合でも、自費で3次除菌、さらに4次除菌を行うことが可能です。
※2次除菌までは、保険適用で行えます。
- 1次除菌
「胃酸の分泌を抑える薬」と2種類の「抗菌薬」の合計3種類のお薬を1日2回、7日間服用します。服用が終了してから、4~8週間後にピロリ菌が除菌できたかどうかの効果測定を尿素呼気試験法などで確認します。結果は約1週間後です。
※潰瘍があるケースでは、判定の際に潰瘍の治癒確認も実施するために胃カメラ検査を行う場合があります。
- 2次除菌
1次除菌と同じように3種類を1日2回、7日間連続して服用しますが、1次除菌で使用した抗生物質から種類を変更します。
除菌治療の注意点
- 除菌治療が受けられない人、注意が必要な人がいる
妊娠中・授乳中の方、ペニシリンアレルギーのある方は除菌治療を受けられません。また、慢性疾患のある方は、除菌治療の実施について主治医にご相談ください。
- 除菌治療の薬は、指示通り服用する
確実にピロリ菌を除菌するために、3種類の薬を1日2回、7日間続けて服用する必要があります。自己判断で中止したり、飲み忘れてしまったりすると、除菌に失敗するだけでなく、治療薬に対するピロリ菌耐性が付いてしまうケースがあります。
- 除菌治療により副作用が起こる場合がある
除菌治療薬の服用により、軽い下痢・軟便などの消化器症状、味覚障害が起こるときがありますが、除菌治療が終了と共に症状は軽快していきますので、最後までお薬を飲み続けましょう。ただし、服用を続けることで、発熱や腹痛を伴うひどい下痢、血液が混ざった下痢、発疹などの症状がひどくなってきた場合には、すぐに服用を中止して医師までご連絡ください。
ピロリ菌の予防
これまで見てきた通り、ピロリ菌感染は乳幼児期の衛生環境に深く関係しており、上下水道が完備され衛生環境が整った現代の日本では、ピロリ菌感染率は減少傾向にあります。
とはいえ、若い世代でも感染している方はいらっしゃいます。若い世代の感染経路として多いのが「祖父母・親からの感染」です。そのため、祖父母・親から乳幼児への食べ物の口移し、同じスプーン・箸の使用を控えることをおすすめします。
よくあるご質問
健康診断・人間ドックで「ピロリ菌陽性」と指摘されたので、除菌したいのですが。
健診などのオプション検査として、よく実施されている「抗体測定」での陽性反応は、「ピロリ菌感染の可能性がある」ということです。抗体測定は、ピロリ菌感染による免疫反応として産生された「抗体」を調べる検査なので、本当に胃粘膜にピロリ菌がいて胃炎を起こしているのかを内視鏡検査により確認した上で、除菌治療を行います。なお、内視鏡検査をせずに除菌治療をすることも可能ですが、その場合は「自費治療」となります。
※内視鏡検査の結果によっては、自費治療(2,750円 税込)となることがあります。
ピロリ菌を除菌すれば、もう胃がんの心配はないですよね?
ピロリ菌除菌だけでは、胃がんの発生を完全に防ぐことはできません。ピロリ菌を除菌すると、胃がんの発生リスクは1/3程度減少しますが、除菌成功者でも数年以内に胃がん発生するケースが1~2%程度あります。そのため、除菌後も定期的に胃カメラ検査など胃の検査を受けていただくことが大切です。
一度ピロリ菌を除菌したら、再感染することはありませんか?
日本人の除菌成功後の再感染率は、年間1~2%未満と報告されているため、基本的には再感染の心配は不要と考えられます。しかし、除菌判定時に「陰性」と判定されても、実際は極少量のピロリ菌が存在する「偽陰性」で、残った菌が増殖して再陽性化することがあります。さらに、稀ですがピロリ菌に再感染することもゼロではありません。
まとめ
一度ピロリ菌に感染すると、除菌・胃粘膜の高度萎縮などが起こらない限り、自然に消滅することは稀です。生涯にわたって感染が持続するため、いつしか胃粘膜の炎症が広がり、慢性胃炎、胃・十二指腸潰瘍の発症リスクが高まって「胃がん」の発生母体になると考えられています。症状の改善、潰瘍・胃がんの予防だけでなく、自分の子ども・孫など次の世代へピロリ菌を引き継がないためにも、積極的に除菌治療を受けましょう。
記事執筆者
しおや消化器内科クリニック
院長 塩屋 雄史
職歴・現職
獨協医科大学病院 消化器内科入局
佐野市民病院 内科 医師
獨協医科大学 消化器内科 助手
佐野医師会病院 消化器内科 内科医長
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 医師
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 副部長
しおや消化器内科クリニック 開業(平成26年)
専門医 資格
日本内科学会認定内科医
日本肝臓学会認定肝臓専門医
日本医師会認定産業医