IPMNはゆっくり進行する腫瘍ですが、1~2年程度でがん化するケースも珍しくないため、通常は半年~1年に1回の間隔で検査を行います。定期検査では、おもにMRCPや造影CT、エコー、腫瘍マーカー検査(血液検査)などを行います。
膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN*1)とは、膵臓内の膵管(すいかん)という部分の粘膜に増殖する腫瘍の1つです。ポリープのような乳頭状をしているのが特徴で、どろどろとした粘液を産生して嚢胞状(のうほう:内部に液体の入った袋)になることが多いことからこの名前が付けられました。
*1 IPMN:Intraductal Papillary Mucinous Neoplasmの略
IPMNの多くは痛みなどの自覚症状がないため、通常、人間ドックや他の疾患の検査を受けた時に偶然発見されることがほとんどです。良性から悪性までさまざまな段階のものがあり、良性のまま変化しないものもありますが、時間の経過とともに悪性化(がん)する可能性があるため、IPMNが見つかった場合には定期的に経過観察を行っていくことが重要です。
目次
胃の裏側に位置する膵臓は、左右に細長い形をした20㎝程の臓器であり、食物の消化に使われる膵液を分泌する「外分泌機能」と、血液中の糖分量(血糖値)を調節するホルモン(インスリン、グルカゴン)を分泌する「内分泌機能」という、2つの重要な働きを持っています。
「膵頭部(すいとうぶ)」「膵体部(すいたいぶ)」「膵尾部(すいびぶ)」から構成される膵臓の中心には、膵液の通り道となる直径2~3㎜程の「主膵管(しゅすいかん)」が走り、消化を行う十二指腸に通じています。
膵管内乳頭粘液性腫瘍(IPMN)は、膵臓にできる特殊な腫瘍で、膵管内の粘膜に粘液を作り出す腫瘍細胞が発生し、産生された粘液が膵管内に溜まって袋状になったものです。
ゆっくり時間をかけて乳頭状に増殖していくのが特徴であり、産生した多量の粘液により膵管自体が太くなることもあります。
IPMN自体が悪性(がん)というわけではありませんが、IPMNの中には時間の経過とともにゆっくりがんに変化するものがあります。また、IPMNができていると膵臓の他の場所や膵臓以外の臓器でもがんが発生するリスクが高くなるとの報告もあることから、小さな病変であっても見過ごさずに継続して経過を注意深く見ていく必要があります。
IPMNには、良性腫瘍である「腺腫」、がんが発生部位に限局している「非浸潤(ひしんじゅん)がん」、そしてがんが大きくなり膵管の外の周囲にまで広がっている「浸潤(しんじゅん)がん」という3つの段階があります。通常の膵がんに比べ、IPMN由来のがんは比較的治療成績が良く、予後(病気の経過)が良好ながんと言われています。しかし、がんが進行して悪性度が高くなると、5年生存率(がんと診断後、5年間生存されている患者さんの割合)は大きく低下するため、経過観察中に悪性化の兆候が見られた時は、適切なタイミングで治療を行うことが重要です。
IPMNは、病変の発生する部位によって以下の3つの種類に分けられます。
分枝型IPMNは、主膵管に通じている分枝に病変が発生し、分枝の直径が5㎜以上に膨らんでいるものです。多数の嚢胞ができ、重なり合ってブドウの房のように見えることもあります。
分枝型IPMNががんになるリスクは低く、悪性化の頻度は年に2~3%程度と言われていますが、嚢胞の大きさが3㎝以上のものや嚢胞内に盛り上がった病変があるもの、嚢胞の壁が厚くなっていたり、嚢胞が短期間に急激に成長したりするケースは、悪性の可能性が高くなります。
また、病変自体には特別な変化が見られなくても、他の部位に突然がんが発生するケースもあるため注意が必要です。
主膵管型IPMNは、主膵管内に病変が発生するものです。
産生された粘液によって膵液の流れが悪くなり、主膵管全体が太くなるのが特徴です。
通常、主膵管の直径は2㎜程度ですが、5㎜程度に拡張しているような場合には主膵管IPMNの可能性が考えられます。
主膵管型IPMNは悪性化しやすいことが知られており、主膵管が1㎝以上になるものはハイリスクになるため、検査で腫瘍自体が見当たらない場合であっても治療が必要と考えられています。
IPMNは膵臓の複数の場所に発生することがあり、分枝と主膵管の両方に病変が発生するものを混合型IPMNと言います。主膵管型同様、悪性化のリスクが高いと考えられているため注意が必要です。
IPMNの発症原因は分かっておらず、通常の膵がんで認められる遺伝子の異常が報告されているものの、詳しいことは解明されていません。
IPMNは女性よりも男性に多く発症し、なかでも高齢の男性に多く見られるのが特徴で、慢性膵炎やアルコールの摂取、喫煙、肥満、膵疾患の家族歴などがIPMNの発症リスクを高める因子であると考えられています。
血縁者に膵がんの方がいる方や慢性膵炎を患っている方、糖尿病が急激に悪化した方や高齢になってから糖尿病を発症した方は、リスクが高くなるため十分注意が必要です。
IPMNはゆっくり進行していく腫瘍のため、初期のうちは特別な自覚症状がないことがほとんどです。ただし、産生された粘液が膵管に溜まり、膵液の流出を妨げてしまうと膵炎を起こすほか、病変のサイズが大きくなってくると腹痛や背中の痛み、発熱、吐き気、嘔吐などの症状を引き起こすようになります。
またIPMNが悪性化(がん)すると、進行するにつれて通常の膵臓がんと同様、黄疸(おうだん:眼球結膜や皮膚が黄色くなる)や褐色尿(かっしょくにょう:褐色の尿が出る)、十二指腸の周辺にコブのような塊を感じる(腫瘤蝕知:しゅりゅうしょくち)といった症状が現れるようになります。
IPMNの疑いがある場合には以下のような検査を行います。
お腹の上から超音波を当て、内臓から帰ってくる発射の波を画像化する検査です。
簡単な検査で身体への負担がないのがメリットですが、膵臓は腹部の深い位置にあるため検査が難しい場合もあり、特に皮下脂肪や内臓脂肪が多い方は確認しにくいことがあります。
X線を使用し、体内の輪切りの画像を撮影し、病変の大きさや広がり、悪性の所見の有無などを調べる検査です。「造影剤」と呼ばれる薬剤を静脈に注入し、体内に循環させた状態で撮影することから精度の高い検査が可能で、造影剤を使用しない単純CTでは見つけることができない初期のIPMNも見つけることができます。
MRI検査は、強い磁気と電波を使用し、体内の状態を断面像として画像にする検査です。
膵管の画像を撮影するMRCPも併用することで膵嚢胞や膵管の拡張などの変化を調べることが可能です。
※当院ではMRI検査は実施しておりません。検査が必要な場合には、さいたま赤十字病院などの基幹病院をご紹介いたします。
口から内視鏡を入れ、胃や十二指腸から超音波で観察する検査です。
IPMN内部の構造や膵管の状態などを詳しく調べることができます。
口から内視鏡を入れて十二指腸まで進め、直接、胆道や膵臓内に細い管(カテーテル)を挿入し、造影剤を注入してからX線撮影を行う検査です。悪性化の可能性が高い時は、膵管内の観察に加え、膵液や膵管の細胞を採取して病理検査を行い、悪性度の判定を行うことが可能です。
※入院が必要な検査です。さいたま赤十字病院などの基幹病院をご紹介いたします。
現時点でIPMNの進行を抑えることができる治療薬はないため、外科手術で病変の切除を行います。ただし、一般的にIPMNの進行は緩やかであることや、膵臓の手術は比較的大きなものになり、術後の合併症の問題などもあることから、小さなIPMNを予防的に切除することは推奨されていません。通常は、患者さんの年齢や体調を十分考慮した上で、術前の検査で悪性の可能性が高いと診断された時に治療を検討します。
外科手術では、病変部の位置や広がりなどによって以下のような切除法を選択します。
※外科手術が必要な場合は、さいたま赤十字病院などの基幹病院をご紹介いたします。
進行がんであることが明らかな場合、切除手術と併行して抗がん剤による化学療法や放射線療法も組み合わせて行います。
治療を行う目安は、IPMNの型や大きさ、患者さんの年齢や体調などによっても異なりますが、一般的に以下のような基準となっています。
主膵管型IPMNは、1㎝以上に拡張している場合、ハイリスクと考えられるため手術を行います。
1㎝に満たない場合でも、以下に当てはまる場合には病理検査を行い、悪性細胞が見つかった場合は手術を検討します。
*2 腫瘍マーカー:血液中にあるがんの発生によって増える特有の物質で、膵がんではCEA、CA19-9などがある。
主膵管の拡張が1㎝を超える場合、嚢胞内の結節が5㎜を超える場合、黄疸が見られるような場合には悪性化のリスクが高いため切除を行います。
その他、以下の場合には病理検査を行い、悪性細胞が見つかった場合は手術を検討します。
主膵管型、分枝型の基準に準じて手術を検討します。
IPMNはゆっくり進行する腫瘍ですが、1~2年程度でがん化するケースも珍しくないため、通常は半年~1年に1回の間隔で検査を行います。定期検査では、おもにMRCPや造影CT、エコー、腫瘍マーカー検査(血液検査)などを行います。
膵臓の手術は合併症が起きやすいため、悪性化する前に積極的に手術を行うことはありません。ただし、万が一、悪性化したIPMNを放置して進行がん(浸潤がん)になってしまうと生存率は大幅に低下してしまうため、経過観察を続け、悪性化の兆候を見逃さないことが大切です。
初期の分枝型IPMN が徐々に大きくなって悪性化する可能性は低いですが、稀に病変自体に変化がなくても、突然、別の場所に通常型の膵がんが出てくることがあります。がんの発生をあらかじめ予想することは難しいため、初期の分枝型IPMNの場合でも定期的な経過観察を行います。
お腹の奥深くに発生し、自覚症状に乏しい膵がんは早期発見が難しいため、「沈黙のがん」とも呼ばれています。前がん状態とも言えるIPMNを早期に発見して定期的に経過観察を行うことは、将来の膵がんの発症や進行を減らすために非常に有効です。必要以上に恐れず経過観察を続けていただき、悪性化の兆しが現れた場合には速やかに治療に繋げていくことが大切です。