今のところ、確実な予防方法は見つかっていませんが、ストレス・体調を気にしすぎる性格・うつ傾向・喫煙などは、発症の危険因子となるので、豊富な栄養バランス・十分な睡眠・適度な運動を行い、ストレス発散をしながら規則正しい生活を身につけましょう。
「快速電車に乗ると、お腹が痛くなってトイレに行きたくなる」「仕事で忙しくなると、便秘がひどくなる」……もしかしたら「過敏性腸症候群」という病気かもしれません。
過敏性腸症候群とは、腸が過敏となって様々な症状が同時に引き起こされる病気(=症候群)です。大腸に炎症や腫瘍などの病気がないのに、お腹に痛みがあったり調子が悪くなったりして、それに伴い下痢・便秘が数か月以上続きます。また、不安・緊張などのストレスで症状が悪化しますが、排便すると症状は軽くなる特徴があります。 発症しても命に関わる病気ではありませんが、一時的な症状・不安が慢性的に続くことにより日常生活に支障を来たすだけでなく、胃食道逆流症などの合併症を発症する可能性が高いため、きちんと治療をしたい病気です。
日本人の罹患率は約10~15%と推定されており、男女比を見ると1:1.2~1.6で、若干女性の発症が多いとされています。また、発症は思春期~壮年期まで幅広くみられ、好発年齢は20代~40代ですが、男女とも40歳以降では有病率に減少傾向がみられます*1。
*1(参考)機能性消化管疾患診療ガイドライン2020-過敏性腸症候群 P.28|日本消化器病学会
https://www.jsge.or.jp/guideline/guideline/pdf/IBSGL2020_.pdf#page=28
過敏性腸症候群は、便通異常の状態(便の形や硬さ)によって、「ブリストル便形状尺度」と呼ばれる評価スケールを用いて、次のように分類されます。
(図)ブリストル便形状尺度
過敏性腸症候群の症状では、次のような「お腹の症状+便通異常」が現れます。
これらの症状は平日朝など不安・緊張・ストレスがあったりするときに出現・悪化しますが、夕方・休日には現れにくい傾向や、寝ているときには現れない特徴があります。また、50代以降になると、症状が軽くなり、便通異常のタイプが変わる方も少なくありません。ある調査では下痢型の患者さんのうち、12年後も20%は下痢型のまま、15%は混合型、35%は症状がなくなったとする報告があります。
なお、血便が出た場合には炎症性腸疾患(潰瘍性大腸炎・クローン病など)の可能性が高くなりますので、早めにご来院ください。
※必要に応じて、さいたま赤十字病院など基幹病院をご紹介します。
過敏性腸症候群の原因は、現在まではっきりと解明されていませんが、「脳と腸の結びつきが通常より強くなること」「消化管運動の変化」「脳の知覚過敏」の3つが関係していると考えられています。
腸は脳のように神経ネットワークをたくさん持っていることから「第二の脳」とも呼ばれます。一見すると、「腸と脳」に繋がりはなさそうに思われますが、実は両者には密接に影響し合う「脳腸相関」が成り立っています。
排便は脳と腸の情報交換により制御されており、食べた物を腸から肛門へ移動させるための「腸の蠕動運動(ぜんどううんどう)」と腸の変化を感じ取る「脳の知覚機能」が互いに作用することで、「便意」が生まれ「排便」できるのです。
ひとたび不安・緊張・ストレスを感じると、脳から自律神経・内分泌などを介して、腸にストレス刺激が伝わり、消化管の運動異常が起こります。必要以上に消化管が収縮しやすくなり、蠕動運動が強いと「下痢」、弱くなると「便秘」になります。
一方で、食事(高脂質・刺激の強いものなど)や細菌感染によって腸内環境の変化が起こると、腸から脳へ伝えられる信号が強くなり、知覚過敏となって、痛み・膨満感などの腹部の不快症状を感じやすい状態に陥ります。
(図)脳腸相関
脳と腸の結びつきが通常より強くなると、次第に弱い刺激でも腹痛・下痢などの症状が現れる「悪循環」に陥ります。脳と腸の結びつきを強める要因には、次のようなものがあります。
過敏性腸症候群が疑われる場合、症状を説明できる病気がないことを確認するため、様々な検査を行います。なお、大腸内視鏡検査は、過敏性腸症候群の確定診断に必須ではありませんが、器質疾患(臓器そのものに炎症がある病気)を疑うような症状(アラームサイン)がある患者さんでは、除外診断のために必要な検査です。
主に血便・発熱・体重減少・異常な身体所見といったアラームサインがある方、50歳以上、大腸の病気に罹患したことがある、家族に大腸の病気の方がいるなどの危険因子がある方に対して、大腸カメラで腸内の観察を行います。
大腸内視鏡検査は肛門から内視鏡を挿入し、直腸・結腸・盲腸など腸の状態をリアルタイムで詳しく観察する検査です。もし検査中にポリープやがんなどの悪性腫瘍のような病変があった場合には、そのままポリープの切除・病変細胞の採取を行うことも可能です。
当院では「苦痛の少ない内視鏡検査」を目指して、二酸化炭素(炭酸ガス)で送気しながら、鎮静剤を使用して寝ている間に検査を実施しています。従来の空気送気と比べて、炭酸ガスはすぐに吸収されるため、検査後の腹部膨満感・不快感などは起こりにくく、炭酸ガス送気を中止すれば、腹部の張りもすみやかに改善します。また、検査時に短い波長の光を照射することで早期の大腸がんが見つけやすくなる「NBI内視鏡システム」も導入しています。さらに内視鏡の洗浄・消毒にはガイドライン*2で推奨されている高水準消毒薬の過酢酸(≒お酢)を使用し、感染予防に努めていますので安心して大腸カメラをお受けいただけます。
*2(参考)消化器内視鏡の感染制御に関するマルチソサエティ実践ガイド
http://www.kankyokansen.org/modules/publication/index.php?content_id=14
(画像)当院で使用している内視鏡洗浄消毒装置
そのほか、他の病気との鑑別を行うため、血液検査・尿検査・便検査・腹部超音波検査・腹部CT検査などを適宜行います。
当院では、過敏性腸症候群の国際的な診断基準である「ローマⅣ」に基づき、総合的に診断しています。基準では、「最近3か月間に月4日以上、腹痛が繰り返し起こる」ことに加え、次の項目のうち、2つ以上該当する場合と定められています。
また、6か月以上前からお腹の症状があり、最近3か月間は上記の基準を満たす必要があります。
過敏性腸症候群の治療では、「生活習慣の改善」を図りながら、便通異常の症状に合わせた「薬物療法」を基本として、約4週間~8週間行います。
今のところ、確実な予防方法は見つかっていませんが、ストレス・体調を気にしすぎる性格・うつ傾向・喫煙などは、発症の危険因子となるので、豊富な栄養バランス・十分な睡眠・適度な運動を行い、ストレス発散をしながら規則正しい生活を身につけましょう。
気を付けたいのは「合併症」です。健康の方と比べて、胃の痛み・胃もたれが主症状の「機能性ディスペプシア」、胸やけ・呑酸(どんさん:酸っぱいものがこみ上げてくる)が主症状の「胃食道逆流」を合併するリスクが約2倍高いと推定されています。また、うつ状態・不安が高い確率で合併することで、より日常生活への影響も強くなります。
ストレス社会の現代では、過敏性腸症候群は誰にでも起こり得る病気であり、日本を含めた先進国に多い病気です。下痢・便秘が繰り返されることで学校・仕事など日常生活に著しい支障を来しますが、適切な治療を行うことにより生活の質(QOL)の改善が期待できます。そのためにも病気を正しく診断して、治療に繋げることが大切です。
当院では「いつの間にか終わっていた」と思われるような大腸カメラを目指して、寝たまま楽に検査を受けられるような環境を整えています。「たかが下痢・便秘」と思わずに、1か月のうちに何度も緊張や不安から下痢・便秘を繰り返すことがありましたら、一度お気軽に当院までご相談ください。