疾患
disease

「痔」とは、肛門や肛門の周辺に発症する病気の総称です。
一般的に男性に多いと思われている痔ですが、実は女性にとっても身近な病気であり、性別や年代を問わずお悩みの方が多いポピュラーな病気の一つです。
デリケートな部分のため、痛みや違和感があっても医療機関にかかることをためらいがちですが、様子を見ているうちに症状が悪化してしまうケースもありますので、肛門からの出血や痛みなどが続く時は早めに受診することをおすすめします。

痔とは

肛門は直腸からつながる器官で、お尻の穴の縁から3~4㎝の管状の部分を指します。
肛門の上部には、デコボコとした「歯状線(しじょうせん)」と呼ばれる部分があり、この歯状線より上の部分が直腸の粘膜、下の部分が肛門の皮膚(肛門上皮)という複雑な構造になっています。
また、肛門の周辺には「内肛門括約筋(ないこうもんかつやくきん)」と「外肛門括約筋(がいこうもんかつやくきん)」と呼ばれる2つの筋肉があり、排便時にはそれらの筋肉が緩むことで便が肛門から外に押し出されるしくみになっています*1
*1内肛門括約筋・外肛門括約筋:排便を司る筋肉で、内肛門括約筋は自身の意思でコントロールすることは出来ないのに対し、外肛門括約筋は自身の意思でコントロールできるのが特徴。

痔は、肛門に負担がかかることによって起こる病気で、「痔核(じかく:いぼ痔)」「裂肛(れっこう:切れ痔)」「痔瘻(じろう:穴痔)」の大きく3つのタイプがあります。
歯状線より上の直腸粘膜には知覚神経がありませんが、肛門上皮の周辺には多くの知覚神経が通っているため、発症すると強い痛みが出ることが多く、出血や発熱を伴うケースもあります。

痔自体は命に関わる病気ではありませんが、悪化すると痛くて椅子に座れなくなってしまったり、睡眠が妨げられたりして患者さんの生活の質(QOL)を大きく低下させてしまうため、肛門の異常がある時は放置せずに治療を受けることが大切です。

痔の症状セルフチェック

以下のような症状が続く方は、痔の可能性がありますので早期に受診することをおすすめします。

  • 排便時に鋭い痛みがある
  • お尻がムズ痒い
  • 下着やトイレットペーパーに血が付く
  • トイレに行った後も残便感(便が残っている感じ)がある
  • 肛門にイボのようなものがある
  • お尻に痛みがあり、トイレに行くのが怖い

痔の原因

痔は、排便時の強いいきみや、長時間座り続けるなど、肛門に負担がかかることで発症します。
肛門の周囲には、「静脈叢(じょうみゃくそう)」と呼ばれる毛細血管が網の目状に広がっており、何らかの原因で肛門に強い負担がかかると静脈叢がうっ血し、血行障害を起こした部分がいぼ状に膨らんで痔を発症します。
また、肛門の皮膚は腸の粘膜に比べ、あまり伸び縮みしないため、便秘気味で硬い便が通過した時に肛門の皮膚が傷付き、裂けてしまう場合もあります。
排便や座りっぱなし以外にも、香辛料やアルコールの摂り過ぎによる下痢、身体の冷え、スポーツ時のいきみなども肛門に負担をかけ、痔の発症に繋がることがあるため注意が必要です。

痔は、年齢・性別に関係なく発症しますが、そのおもな発症要因は男女で異なります。
男性では、暴飲暴食や長時間のデスクワーク、精神的な疲労(ストレス)による発症が多いですが、女性の場合は慢性的な便秘による発症が多いほか、妊娠中、子宮の重さで直腸や肛門部が圧迫されて発症するケースや、出産時の強いいきみが原因で発症するケースも多いのが特徴です。

痔の種類と症状

痔は以下の大きく3つの種類があり、それぞれ症状には特徴があります。

痔核(じかく)

肛門周辺の毛細血管がうっ血し、膨らんでいぼ状になったもので、「いぼ痔」とも言われます。
排便時の強いいきみなどで発症することが多く、歯状線の内側の直腸粘膜にできる「内痔核(ないじかく)」と歯状線の外側の肛門外皮にできる「外痔核(がいじかく)」の2種類があります。

  • 内痔核(ないじかく)
    歯状線の上の直腸粘膜に痔核ができている状態です。
    直腸粘膜には知覚神経がないため、通常、痛みを感じることはありませんが、排便時の脱肛(いぼが肛門から飛び出すこと)や出血で気付くことが多く、出血は、便器が赤く染まるほど多くなる場合もあります。
    軽度の脱肛は排便が終われば自然に元に戻りますが、進行するにつれて脱出したまま戻らなくなります。また、血栓ができて大きく腫れ上がると激痛を伴うことがあり、これを「嵌頓(かんとん)痔核」と言います。

    ≪内痔核の程度による分類≫

    • Ⅰ度:出血のみで脱肛はしていない
    • Ⅱ度:排便時に脱肛するが、自然に戻る
    • Ⅲ度:排便時に脱肛し、手で押し込まないと戻らない
    • Ⅳ度:排便に関係なく、常に脱肛している
      ※嵌頓痔核:急性の炎症を起こし、腫れて激痛を伴う
  • 外痔核(がいじかく)
    歯状線の下の肛門外皮に痔核ができている状態です。
    通常、出血はありませんが、肛門外皮には知覚神経が多く通っているため、強い痛みを伴うのが特徴です。重い荷物を持ったり、強くいきんだりして、肛門に力が入った時に急性の炎症を起こすことがあり、血栓(血の塊)ができて腫れ上がり、激痛を伴うものを「血栓性外痔核」と言います。

裂肛(れっこう)

肛門上皮に傷が付き、皮膚が裂けたり切れたりしている状態で、「切れ痔」とも言われます。
便秘の時などに水分量が少なく、硬く太い便が通過することで発症することが多いですが、激しい下痢で肛門に負担がかかり、炎症により切れてしまうこともあります。
出血量は少なく、トイレットペーパーに付く程度ですが、排便時に強い痛みを伴うのが特徴です。
通常、排便が終わると痛みも徐々に和らぎますが、慢性化すると痛みが何時間も続くようになり、強い痛みを避けようとして無意識に便意を我慢してしまうケースもあります。

痔瘻(じろう)

歯状線のくぼんだ部分(肛門腺)が細菌感染を起こして膿が溜まるものを「肛門周囲膿瘍(こうもんしゅういのうよう)」と言います。この膿瘍が慢性化して直腸と肛門上皮の間にトンネルができてしまう状態が痔瘻であり、「穴痔」とも言われます。
肛門周辺の皮膚が熱をもち、腫れてズキズキと痛むのが特徴で、38~39度の熱を伴い、患部から膿が出ることもあります。

痔の検査と診断

痔の診断には以下のような検査を行います。

問診

痛みや痒み、出血、脱出の有無などの詳しい症状や発症時期のほか、便通の状態や頻度、生活習慣、既往症の有無などをお伺いします。

診察(視診・指診)

診察台に横向きに寝ていただき、肛門の状態を確認します。
痛みを抑えるための麻酔ゼリーを使用し、ゴム手袋をした状態で患部に触れたり、肛門内に指を入れたりして直接肛門内の状態(しこり、ポリープ、出血の有無など)を確認します。
また、「肛門鏡」という器具で肛門の内部の様子を詳しく観察します。

大腸内視鏡検査(※必要な場合)

排便時に出血があり、大腸の病気が疑われる場合には大腸内視鏡検査を行います。
小型のカメラが付いた内視鏡を肛門から挿入し、大腸全体(結腸・直腸)を詳しく観察します。
検査の前に洗腸液(下剤)を服用して大腸をきれいな状態にしてから検査を行います。
当院の大腸カメラ検査では、「NBI(狭帯域光観察)」と呼ばれる内視鏡診断システムを導入しています。NBIとは「Narrow Band Imaging」の略で、青や緑などの短い波長の光を照射して行うのが特徴です。波長の短い光には消化器の粘膜表層の血管を鮮やかに浮かび上がらせる性質があることから、通常の光では見えにくい小さな病変も発見することが可能です。

痔の治療

痔の治療は痔のタイプによって異なります。
進行度や患者さんのご希望などに合わせ、下記のような治療を単独、または組み合わせて行います。

痔核(いぼ痔)のおもな治療法

  • 保存的治療
    Ⅰ~Ⅱ度の内痔核や多くの外痔核は、患部を清潔に保ち、生活習慣の見直しと症状を改善するための薬物療法で改善させることが可能です。
    便秘や下痢を改善して便通を整え、適度な運動や入浴などで血流を改善することは痔の改善に効果的です。薬物療法では、痛みを抑えるために局所麻酔薬やステロイド含有の外用薬を使用するほか、鎮痛・抗炎症作用のある内服薬を処方することもあります。
  • ゴム輪結紮(けっさつ)術
    医療用の輪ゴムを内痔核の根元にかけて血行を遮断し、痔核を壊死(えし)させる治療です。
    Ⅱ度以上の内痔核が対象ですが、痔核の大きさや形状によっては適応外になる場合もあります。
  • 硬化療法(注射療法)
    内痔核に薬剤を注射して固め、痔核を縮小・退縮させる治療で、以下のような種類があります。
    パオスクレー® アーモンドオイルと5%のフェノールの混合液を注射して硬化させる治療です。
    Ⅰ~Ⅱ度の内痔核が対象で、止血効果が高く、即効性がありますが、脱肛を元に戻す効果はありません。 ジオン注® 2%に希釈した硫酸アルミニウムカリウム・タンニン酸水溶液(ALTA)を注射して硬化させる治療です。止血のほかに脱肛の改善にも効果があり、今までは手術を行っていたⅢ~Ⅳ度の内痔核を切らずに改善できる画期的な治療です。進行した痔核の場合、手術と併用することもあります。
  • 手術
    Ⅲ度以上の内痔核の場合は手術を行うこともあります。
    痔核に流入している動脈を結び、痔核を切除する「結紮(けっさつ)切除手術」は、根治性が高く、あらゆるタイプの痔核に行うことができます。
    ただし、術後の痛みや出血などの合併症が起こりやすいため10日程度の入院が必要です。
    ※その他、急性の血栓性外痔核で痛みや腫れが強い場合は、局所麻酔を行い、血栓を取り除く手術を行う場合があります。

裂肛(切れ痔)のおもな治療法

  • 保存的治療
    痔核同様、患部を清潔に保ち、生活習慣の見直しと症状を改善するための薬物療法を行います。水分や食物繊維の摂取を増やして便通を整え、適度な運動や入浴などで血流を改善することで症状の改善が可能です。痛みを抑えるために局所麻酔薬やステロイド含有の外用薬や鎮痛・抗炎症作用のある内服薬の処方を行うこともあります。
  • 手術
    肛門が狭窄(きょうさく:狭いこと)し、保存的治療で良くならない場合には外科的な治療を行います。軽度の場合、肛門に指を挿入して広げる「用手拡張」を行いますが、進行している場合は切開して肛門を広げます。裂肛の手術には「側方内括約筋切開術」「根治的切除術」「皮膚弁移動術」などがあり、日帰り~1週間程度の入院が必要になるものがあります。

痔瘻(穴痔)のおもな治療法

  • 手術
    痔瘻は、保存的治療や薬物療法での治療が難しいため、手術を行います。
    痔瘻の前段階である肛門周囲膿瘍の場合は切開して膿を出すことで症状の改善が可能です。
    痔瘻の手術には、「瘻管開放術」「肛門括約筋温存瘻管繰り抜き術」「シートン法(医療用のゴムを瘻管内に通して切開する方法)」などがあり、日帰り~2週間程度入院が必要なものもあります。

よくある質問

痔の予防にはどのようなことに気を付けたらよいですか?

痔は日常の生活習慣によって起こる病気です。痔の最大の原因である便秘や下痢にならないよう正しい排便習慣を整え、トイレでは無理にいきんだりしないように気を付けましょう。
お食事面では水分や食物繊維をしっかり摂り、下痢や肛門をうっ血させる原因になる刺激物や飲酒はほどほどに抑えることが大切です。
また、肛門付近の血流を良くするには、座りっぱなしや立ちっぱなしを避け、適度な運動やストレッチなどを行うほか、お風呂でしっかりと温まって冷えを予防するのもおすすめです。

痔が疑われる場合、肛門の検査は必ず必要ですか?

肛門の検査に抵抗をお持ちの方は多いですが、肛門の状態を調べる検査は痔の診断に必要不可欠です。当院では患者さんのプライバシーに十分配慮するとともに、痛みや違和感を軽減し、リラックスして検査を受けていただけるようさまざまな工夫を行っておりますのでご安心ください。 肛門に起こる出血の多くは痔が原因の場合が多いですが、稀に大腸がんなどの重大な病気が隠れていることがあります。自己判断せず、できるだけ早く受診していただくことをおすすめします。

まとめ

早期のいぼ痔や切れ痔は生活習慣を見直し、症状を抑えるための薬物療法を行うことで比較的短期間で改善させることができます。また、手術が必要となる場合には、さいたま赤十字病院などの基幹病院をご紹介します。
痔は再発しやすい病気のため、治療が終わって症状が無くなった後も、便秘や下痢にならないように気を付け、お尻に負担をかけない生活を続けることが大切です。

記事執筆者

しおや消化器内科クリニック 院長 塩屋 雄史

出身大学

獨協医科大学 卒業(平成11年)

職歴・現職

獨協医科大学病院 消化器内科入局
佐野市民病院 内科 医師
獨協医科大学 消化器内科 助手
佐野医師会病院 消化器内科 内科医長
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 医師
さいたま赤十字病院 第1消化器内科 副部長
しおや消化器内科クリニック 開業(平成26年)

専門医 資格

日本内科学会認定内科医
日本肝臓学会認定肝臓専門医
日本医師会認定産業医