喫煙は動脈硬化を進行させます。タバコを吸っている方はすぐに禁煙しましょう。 食事療法や運動療法は、治療はもちろん、発症予防にも効果的です。腹八分目を心がけ、1日3食バランス良く食事を摂るとともに、運動時以外もこまめに動くようにして、座りっぱなしの生活にならないように気を付けましょう。 また、血中脂質の変化に早期に気付くことができるよう、定期的に健康診断を受けることも大切です。
脂質異常症は、血液中の脂質量(コレステロール・中性脂肪)が一定の基準から外れてしまう疾患であり、「動脈硬化性疾患*1」の最大の要因と言われています。
*1:心筋梗塞や脳卒中など、動脈の弾力が失われ、血管が狭くなってしまうことで起こる病気の総称。
かつては、血液中の脂質量が増えすぎてしまうものを「高脂血症」と呼んでいましたが、脂質の種類によっては基準値より少なくなることで動脈硬化を進行させてしまうものもあるため、2007年からは「脂質異常症」という現在の名称に変更されています。
脂質異常症は、遺伝や特定の病気などで起こる場合もありますが、その多くは食事や運動などの生活習慣に関連して起こるのが特徴で、近年、食の欧米化が進み、生活スタイルも大きく変化している日本では発症数が増加しています。
健康な身体の維持には、血管を良いコンディションに保つことが必要不可欠です。脂質異常を指摘された時は症状の有無に関わらず、受診して詳しい検査を受けることが大切です。
血液の中には、「コレステロール(LDL・HDL)」「中性脂肪(トリグリセライド)」「リン脂質」「遊離脂肪酸」という4種類の脂質(血中脂質)が含まれています。脂質異常症は、その中でも多くを占める「コレステロール」と「中性脂肪(トリグリセライド)」の量が一定の基準内から外れてしまう疾患です。
コレステロールや中性脂肪の値が基準から外れていても、患者さんご自身に自覚症状はほとんどありません。日常生活にも特別な支障が出ないことから、健康診断などで数値の異常を指摘されても治療を行わずにそのまま放置してしまう方も少なくありません。
しかし、脂質異常症の恐ろしい点は、無症状のうちに動脈硬化を引き起こすことです。
治療を行わずに放置していると血管内には余分な脂肪が溜まり、次第に血液がドロドロになってしまいます。その結果、血管の内部が狭くなったり、血栓(けっせん:血の塊)ができて詰まったりすると、脳や心臓、腹部、足などに合併症(動脈硬化性疾患)の発作を引き起こし、突然死や深刻な後遺障害を残す場合があるため注意が必要です。
脂質異常症の中には、特定の病気や薬などが原因で発症するものもありますが(続発性脂質異常症と言います)、最大の発症要因は「高カロリー・高脂肪の食事」と「運動不足」と言われており、その8割は日常の生活習慣に関連して発症する「原発性脂質異常症」です。
深刻な合併症による発作を防ぐためには、早期から日々の生活習慣(食生活・運動)を見直すとともに、適切な治療を受けて動脈硬化の進行を抑えることが重要です。
≪参考≫脂質異常症によって起こるおもな合併症
脂質異常症には以下の3つのタイプがあります。
血中脂質の中で「LDLコレステロール」の値が基準よりも高くなるタイプです。コレステロールは、身体の細胞膜や胆汁酸、ホルモンの材料となる脂質であり、LDLコレステロールは、肝臓で作ったコレステロールを血液に乗せて全身の細胞に送り届ける重要な働きをしています。ただし、血液中のLDLコレステロール量が増えすぎると血管の壁には脂肪が溜まり、動脈硬化を進行させてしまうことから「悪玉コレステロール」とも呼ばれており、動脈硬化の進行を予防するには、LDLコレステロールの値を基準値まで減らす必要があります。
血中脂質の中で「HDLコレステロール」という脂質の値が基準よりも低くなるタイプです。
HDLコレステロールは、使われずに余った血液中のコレステロールを回収して肝臓に戻す働きがあることから「善玉コレステロール」とも呼ばれています。
血液中のHDLコレステロールの量が減ってしまうと回収できるコレステロールも少なくなり、動脈硬化を進行させてしまうことから、HDLコレステロールの値を基準値まで増やす必要があります。
血中脂質の中で「中性脂肪(トリグリセライド)」という脂質の値が基準よりも高くなるタイプです。
中性脂肪は、身体を動かすエネルギー源として使われるほか、細胞に蓄えられ、内臓を守るクッションの働きをしたり、寒さや暑さから体を守ったりする働きをしています。
しかし、LDLコレステロール同様、増えすぎると血管の壁に蓄積されて動脈硬化を進行させてしまうことから、トリグリセライドの値を基準値まで減らす必要があります。
なお、中性脂肪が多いとLDLコレステロールも増えやすくなるため、実際には、LDLコレステロールと中性脂肪の両方が多い「混合型」の方も多いのが特徴です。
日本動脈硬化学会では、脂質異常症の診断基準を定めています。
ガイドラインでは、「LDLコレステロール」「トリグリセライド(中性脂肪)」「HDLコレステロール」のそれぞれの基準値とともに、総コレステロールからHDLコレステロールを差し引いた「Non-HDLコレステロール」の基準値を設定しています。検査は原則、空腹時に行いますが、食後に採血する場合やトリグリセライドの値が400㎎/dLの場合にはNon-HDLコレステロールの基準を使用します。
また、食事の影響を受けやすいトリグリセライドは、食後の数値上昇(食後高脂血症)が「動脈硬化性心血管疾患(ASCVD)」のリスクを高めるとして注目されていることから、2022年度のガイドラインでは空腹時の基準値のほかに、随時採血の基準値が新たに設定されています。
血中物質の種類 | 基準値 | 脂質異常のタイプ |
---|---|---|
LDLコレステロール | 140mg/dL以上 | 高LDLコレステロール血症 |
120~139mg/dL | 境界域高LDLコレステロール血症 | |
HDLコレステロール | 40mg/dL未満 | 低HDLコレステロール血症 |
トリグリセライド | 150mg/dL以上(空腹時) | 高トリグリセライド血症 |
175mg/dL以上(随時) | ||
Non-HDLコレステロール | 170mg/dL以上 | 高non-HDLコレステロール血症 |
150~169mg/dL | 境界域高non-HDLコレステロール血症 |
脂質異常症は、以下のようにさまざまな要因で発症する可能性があります。
チーズやバター、肉、植物性脂肪に含まれる「飽和脂肪酸」は、血中のコレステロールを増やします。イクラ、タラコなどの魚卵、卵黄など、元々コレステロールを多く含む食品にも注意が必要です。
過剰に食べたり飲んだりして必要以上に摂ってしまったエネルギーは、中性脂肪になって脂肪組織に溜め込まれます。間食や夜食、だらだら食べ続けるなど、食べる時間帯にも注意が必要です。
車による移動やテレワークが増えるなど、生活スタイルの変化により身体を動かす機会が減ると、消費エネルギーが少なくなるため血中の脂質が増えやすくなります。
タバコは、LDLコレステロールを酸化して血管内の壁にプラーク(粥腫)*2を作り、血管を詰まりやすくします。また、血圧を上げる作用もあり、動脈硬化の進行リスクはさらに高くなります。
患者さまご自身がタバコを吸われる場合はもちろん、周囲の人のタバコの煙を吸い込む「受動喫煙」にも注意が必要です。
*2:コレステロールなどの脂肪からできた粥状の物質。血管の内側の壁にこびりつくと、徐々に血管が狭くなる。
体重が増えると身体に蓄える脂肪の量も多くなるため、血中脂質の濃度が高くなります。
特にお腹周りに脂肪が溜まる「内臓脂肪型肥満」は、LDLコレステロールや中性脂肪の値を上げ、HDLコレステロールを減らすため注意が必要です。
ストレスが多いと交感神経が優位になり、LDLコレステロールを増やすホルモンが分泌されます。
脂質異常症の中には、遺伝的な要因で起こる「家族性高コレステロール血症」があります。
家族性高コレステロール血症の場合、手の甲や膝、肘、アキレス腱などに「黄色腫」と呼ばれる塊(コレステロールが溜まった物)もしくは黒目の縁に「角膜輪」と呼ばれる白い輪が現れることがあります。また、LDLコレステロール値が非常に高くなるのが特徴で、動脈硬化の進行スピードも早いことから30代くらいで合併症を起こす場合もあります。
脂質異常症の中には、甲状腺機能低下症、副腎皮質ホルモンの分泌異常、糖尿病、腎臓病、肝臓病といった特定の病気や、ステロイド、経口避妊薬などの治療薬が原因で起こる「続発性脂質異常症」があります。脂質異常の改善には、原因となる病気を治療する必要があります。
脂質異常症の診断には以下のような診察・検査を行います。
お身体の状態を確認し、持病の有無や生活習慣(食の嗜好、運動習慣の有無、肥満度、喫煙など)について詳しくお話を伺います。
採血を行い、血中の総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロール、中性脂肪(トリグリセライド)の値を測定します。検査は原則、空腹時(10時間以上絶食後)に行いますが、トリグリセライドについては、随時検査を行う場合もあります。
※持病のある方や、検査結果により動脈硬化による合併症が発症していると考えられる時には、必要に応じてCTやMRI、エコー(超音波検査)などの検査が必要になる場合もあります。
脂質異常症の治療はタイプによって異なります。
元となる疾患の治療を優先して行います。疾患が改善することで脂質異常の改善も可能です。
原発性脂質異常症の治療は、「食事療法」「運動療法」「薬物療法」の3種類があります。
生活習慣が原因で起こる原発性脂質異常症の場合、まず食事療法と運動療法を行いますが、食事療法と運動療法だけでは十分な効果が見られず、合併症のリスクが高い場合は、薬物療法を開始します。
脂質異常症の治療薬には以下のような種類があり、患者さまの身体の状態に合わせて薬剤を選択します。なお、薬物療法を行う場合でも、食事療法と運動療法は継続して行います。
治療薬 | 作用 |
---|---|
HMG-CoA還元酵素阻害薬(スタチン) | 肝臓でコレステロールの合成を抑制し、血液中のコレステロールを減らす。 |
フィブラート系薬剤 | 肝臓で中性脂肪が作られるのを抑えることで、中性脂肪やLDLコレステロールを減らし、HDLコレステロールを増やす。 |
陰イオン交換樹脂(レジン) | 胆汁液と結合してコレステロールの再吸収を抑え、肝臓や血液中のLDLコレステロールを減らす |
ニコチン酸誘導体 | トリグリセライドの分解を促進し、コレステロールの排出を促進する。 |
プロブコール | コレステロールからの胆汁酸合成を促進したり、LDLコレステロールの分解を促進したりして、LDLコレステロールの量を減らす。 |
オメガ3‐脂肪酸製剤(EPA、DHA) | 中性脂肪を減らし、血小板が集まるのを抑えることで、血管内の血栓を予防します。 |
小腸コレステロールトランスポーター阻害薬 | 腸管からのコレステロールの吸収を邪魔し、血液中のコレステロールを減らす。 |
PCSK9阻害薬 | LDLコレステロールが肝臓への取り込みやすくなる「PCSK9」という酵素の働きを抑え、血液中のLDLコレステロールを減らす。 |
喫煙は動脈硬化を進行させます。タバコを吸っている方はすぐに禁煙しましょう。 食事療法や運動療法は、治療はもちろん、発症予防にも効果的です。腹八分目を心がけ、1日3食バランス良く食事を摂るとともに、運動時以外もこまめに動くようにして、座りっぱなしの生活にならないように気を付けましょう。 また、血中脂質の変化に早期に気付くことができるよう、定期的に健康診断を受けることも大切です。
心筋梗塞や脳梗塞などの動脈硬化が原因で起こる「動脈硬化性疾患」は、「がん(悪性腫瘍)」と並ぶ日本人の主要な死因の一つになっているほか、高齢者の「健康寿命(健康上の問題で日常生活が制限されることなく生活できる期間)」を損ねる大きな要因にもなっています。
動脈硬化疾患は最大の要因である脂質の異常を早期に発見し、血中脂質のバランスを適切にコントロールすることができれば、ある程度発症を予防することも可能です。
脂質異常症が見つかった時は、将来の重大な合併症を予防するチャンスだと考えていただき、早期に受診して詳しい検査を受けることをおすすめします。