比較的若い女性に発症しやすいため、結婚~妊娠・出産について不安を感じる方は少なくありません。高安動脈炎を発症しても、大部分の方は日常生活に支障を来さない程度まで回復します。ただし、妊娠・出産で症状が再燃するケースも確認されているため、タイミングなどについては医師とよく相談することが大切です。「炎症の鎮静化」が大前提であり、脳・心臓・腎臓などに障害が起こっている場合には慎重に検討する必要があります。
「高安動脈炎(たかやすどうみゃくえん)」とは、大動脈ならびに分枝する大きな血管に慢性的な炎症を起こす病気のことです。今のところ、詳しい原因は分かっていませんが、「自己免疫疾患」のひとつとされています。また、国による「指定難病」の認定に伴い、2014年に「大動脈炎症候群」という病名から変更されました。原因不明の発熱・全身倦怠感などの症状から始まり、「手足が疲れやすい」「めまい」など血管炎の起こる部位によって現れる症状は異なり、血管障害を引き起こし脳・心臓・腎臓などの重要な臓器に影響を及ぼす恐れがあります。
高安動脈炎の主な治療は「薬物療法」であり、ステロイド薬の内服により血管の炎症を抑えられることが多いのですが、日常生活に支障を来すケースも約2割あり、その際には「外科的手術」を検討します。経過は基本的に良好ですが、ステロイド薬の減量・中止などに伴い、約7割に症状の再燃(症状がぶり返した状態)がみられ、さらに高血圧・弁膜症(心臓)・大動脈瘤・腎機能障害などを合併することがあるため、定期的に検診を続ける必要がある病気です。当院では、高安動脈炎患者さんの長期的なフォローを行っております。お気軽にご相談ください。
高安動脈炎は、1908年に日本の高安教授によって初めて報告された疾患です。日本では以前「大動脈炎症候群」と呼ばれていましたが、病変は大動脈以外の全身の臓器にも起こることから、病名が変更されました。「脈なし病」「高安病」と呼ばれることもあります。
厚生労働省の全国疫学調査(2017年)によると、日本の高安動脈炎患者さんは、推定約6,000人超で、毎年約200~300人が新規発症しているとされています。また、患者さんの約9割は女性で、16歳~35歳までの比較的若い世代の患者さんが多いとされていましたが、50代に多かったとする調査結果があります。なお、少数ですが、10歳未満や男性の発症もみられます。
高安動脈炎の直接的な原因は、大動脈や大動脈から枝分かれした血管(大血管)の炎症です。今のところ、血管炎が起こる根本的な原因は明らかになっていませんが、血管炎の起こる組織の中に免疫細胞があり、免疫抑制療法による治療が効果を示すことなどから、「自己免疫疾患のひとつ」と推測されています。また、遺伝性素因と感染やストレスなどの環境因子が複雑に絡むことで発症し、血管の炎症を持続させていると考えられています。
なお、家族遺伝は稀ですが、これまでの研究で特定の遺伝子が発症に関与している可能性が示されています。
高安動脈炎を発症しても、初期段階では発熱など風邪のような症状がしばらく続きます。その後、血管炎を起こし、痛みや狭窄(狭くなる)・閉塞(塞がる)・拡張が現れます。また、血管障害の部位に応じて、様々な症状が現れます。
血管障害の起こる部位と主な症状は次の通りです。
【主な部位】頸動脈など
めまい、立ち眩み、失神、難聴、耳鳴(耳鳴り)、歯痛からの抜歯、頸部痛(首の痛み)などが現れます。中でも、頸部痛(首の痛み)や上を向いたときに現れる脳虚血症状(顔面蒼白・冷や汗・めまい・気が遠くなる・手足の感覚がなくなるなど)は高安動脈炎の特徴的な症状とされます。また、血管障害の程度がひどいと、脳梗塞・失明を引き起こすこともあります。
【主な部位】鎖骨下動脈など
高安動脈炎患者さんの多くに認められる血管障害です。腕が疲れやすい、脱力、特に左腕の脈が触れない、冷感、血圧低値などがみられ、洗濯物を干したり髪を洗ったりしにくいと訴えられる方が多いです。
【主な部位】腹部大動脈・総腸骨動脈など
足が疲れやすい、間欠性跛行(かんけつせいはこう:少し歩くと足の痛み・痺れが現れて歩けなくなるが、休むとまた歩けるようになる病気)、歩行困難などがみられます。
【主な部位】大動脈弁など
心臓の大動脈弁の近くに炎症が起こり、「弁膜症」となるケースが約1/3の患者さんでみられます。心雑音、心不全、狭心症、急性心筋梗塞などに繋がることもあります。
【主な部位】腎動脈
腎機能低下(腎不全)、高血圧などに繋がります。
一般的に若い女性で発熱が数週間~数か月間続いている、手が上がりにくい、首・肩・胸・背中の痛みがあるといった症状がみられた場合、この病気を疑います。複数の検査方法により、診断基準に則り、総合的に評価します。
しかし、高安動脈炎には特異的な(ほかの病気で見られない)症状や血液検査データがないことから、診断までに時間がかかるケースも少なくありません。
高安動脈炎で現れる症状は非常に多彩なので、原因となりうる他の疾患(血管ベーチェット病・動脈硬化症・先天性血管異常・炎症性腹部大動脈瘤・巨細胞性動脈炎・IgG4関連疾患など)の可能性を除外するために、次のような検査を実施します。
ほかにも、眼科検査や血管造影検査を実施することがあります。
※眼科検査・MRI検査・PET-CT検査に関しては、さいたま赤十字病院などの基幹病院を必要に応じてご紹介します。
高安動脈炎は「血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)*1」の中で診断基準が設けられており、血液検査による炎症反応の上昇、画像検査での血管の狭窄・拡張・血管壁の肥厚(厚くなること)状態および他の病気との鑑別などから評価します。
当院でも診断基準に則り、症状・血液検査・画像検査から総合的に診断しています。
*1(参考)血管炎症候群の診療ガイドライン(2017年改訂版)P.19|日本循環器学会
https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/02/JCS2017_isobe_h.pdf
高安動脈炎の治療では、薬物療法により炎症を抑えることを基本としますが、臓器の血管障害などが進行した場合には、外科的手術を検討します。なお、ステロイド療法や外科的手術をしても再発を繰り返す、または病変の進行が認められるなど、中等度~重症の症例では、公費助成の対象となります。
血管障害が進行して日常生活に支障を来す場合には、「血管バイパス手術」などを検討します。通常、手術は炎症が抑えられている時期に行います。厚生労働省の調査によると患者さんの約2割が手術を受けています。
高安動脈炎は検査方法や治療の進歩により、病気の経過は概ね良好ですが、大動脈弁閉鎖不全によるうっ血性心不全、字動脈搾取・大動脈縮窄症など予後を左右するような合併症もあります。さらに、お薬の減量・中止によって再燃する方が多いため、根気よく病気と付き合っていきましょう。
比較的若い女性に発症しやすいため、結婚~妊娠・出産について不安を感じる方は少なくありません。高安動脈炎を発症しても、大部分の方は日常生活に支障を来さない程度まで回復します。ただし、妊娠・出産で症状が再燃するケースも確認されているため、タイミングなどについては医師とよく相談することが大切です。「炎症の鎮静化」が大前提であり、脳・心臓・腎臓などに障害が起こっている場合には慎重に検討する必要があります。
高安動脈炎には、次のような合併症があります。
高安動脈炎の血管病変は多発する傾向があります。上記の合併症以外にも気になる症状が現れたら、すみやかに医療機関をご受診ください。
高安動脈炎の病態はまだ不明点が多いため、現在も国内外で様々な研究が行われています。今のところ完治は難しい状況ですが、血管炎の抑制にステロイド治療が有効なので、炎症を抑えた状態の維持を目標として、治療を進めていきます。なお、高安動脈炎に合併する重症高血圧・心不全、心筋梗塞・動脈瘤などは病気の経過に大きく影響しますが、近年の画像検査の普及・進歩により早期発見が可能となっているため、以前と比べて長期生存が可能な病気となっています。とはいえ、長期的に経過観察が必要な病気です。
当院ではリウマチ専門医が在籍していますので、高安動脈炎を含む自己免疫疾患に対し、丁寧な診療を心がけています。治療薬の副作用や病気・生活に対する不安など、何かお困りのことがありましたら、お気軽にご相談ください。